魚津神社は、あいの風とやま鉄道魚津駅から南西に約1.5キロメートル、富山地方鉄道電鉄魚津駅から北西に約600メートル位の位置にあります。
私は魚津駅から徒歩で行ったのですが、御祈祷を受ける方で少し混雑していました。
手薄なのか、御朱印を書いて下さる方と、御祈祷の太鼓を兼ねておられて忙しかったです。
初穂料は頂かないとの事で、木の表紙の御朱印帳を購入しました。
境内の社務所にも人はおられたのですが、どういう訳か本殿の中で対処するという事でした。
助け合えば良いのにと思いましたが。
参拝日 平成31年3月23日
所在地 富山県魚津市中央通り1‐3‐28
統合した神社
神明社(神明町)天照皇太神
建御名方命
火の宮神社(下村木町)彦火火出見命
稲荷社(金屋町)蒼稲魂命
杵築社(金浦町)素盞鳴命
市姫神社(新金屋町) 大市比売命
鳥居の掲額と狛犬一対が、昭和54年(1979)に
当神社敷地内に移されました。
後に移設された愛宕神社(大町) 建速須佐之男命
櫛名田比売命
加賀藩主、前田紀綱が勧請
結果として六社が統合されたような形になり、境内には神様が多くいらっしゃいます。
神明社として大宝2年(702)に創建されたものの、
天文年間(1532-1555)の戦火で廃社しました。
天正年間(1573-1592)に、魚津城主の河田豊前守(かわたぶぜんのかみ)が社殿を再建しました。
河田氏が没落後には加賀藩主、前田家家臣の青山渡守(さどのかみ)が、魚津城代となった時代に社殿を増築しました。
ところが昭和31年(1956)今も語り継がれる魚津大火が発生し、辺り一面が焼け野原になりました。
その復興事業として火災地域にあった5つの神社を統合し、元々あった神明社をベースに、昭和40年(1965)魚津神社として再興されました。
その後、昭和41年(1966)に魚津市立大町小学校の敷地内にあった愛宕神社を本殿の北隣に移し現在に至っています。
ちなみに愛宕神社はかっての魚津城の守護神として有名でした。
魚津神社の御朱印帳かわっているね
そうなの、でも木目調で素敵でしょ