御朱印

高岡關野神社

高岡關野神社アイキャッチ画像

高岡關野神社にはあいの風とやま鉄道の高岡駅で下車して 駅裏の瑞龍寺と総持寺を参拝した後駅前方面にやって来ました。
参拝予定の射水神社、大佛時とは、ほぼ一直線です。
ただ当日は小雪交じりの空で晴れ間をみての参拝だったので あまり写真も撮れなかったです。
久しぶりの高岡だったのですが、外食産業、旅館業の大型化、大型店の 郊外進出などで街が様変わりしていますね。

参拝日 平成31年2月8日
所在地 富山県高岡市末広町9-56 
御祭神
神明社(加久彌神社) 国常立尊・保食神・天照皇太神・三毛入命。
熊野社(關野神社) 伊弊冊尊・事解男命・速玉男命。
稲荷社(高岡神社) 稲荷大神・菅原道真公・前田利長公。
越中万葉七福神:大黒天。
御利益 開運、厄除け、火防、身体壮健、五穀豊穣・財運、学業成就。

参拝後、社殿が三殿並んでいると知ったのですが、予備知識がなかったので改めて確認するつもりです。

縁起

頂いた栞によると、高岡關野神社は關野神社(熊野社)、高岡神社(稲荷社)、加久彌(神明社)の三社が起源だそうです。
關野神社は、天暦2年(948)に射水郡熊野村密蔵持(現在の三戸田)に祀る熊野大権現を、關野の尾坂(堀上町) へ遷座し、『熊野社』と称したのが起源であります。
慶長14年(1609)に前田利長公が高岡城築城に際し、上関村(現在の神主町)へ遷座し、享保11年(1726)8月 に社名を正一位關野神社と改称し、その後文化3年(1806)2月に現在地(高岡市末広町9番43号)へ 遷座しました。

高岡神社は慶長15年(1610)に、前田利長公が高岡城鎮護のために建立された『稲荷社』が起源であります。
慶長19年(1614)利長公没後、利常前田利長公を神霊として祀り、上関村熊野社社へ遷座し、その後 文化3年 (1806)2月に現在地へ遷座し、明治11年(1878)9月に社名を高岡神社と改称しました。

加久彌神社は、上関、下関、鴨島一帯を神領とする奈良時代創建の古社で、「延喜式」神名帳登載の射水郡十三座の 一つである「神明宮」であったとされています。
発祥の地は、現在の上関地内神主町であり、五社等之由来帳(石川県立図書館蔵)によれば、天平時代には、 大伴宿弥家持卿が宝鏡を奉納したと伝えられています。
その後文化3年(1806)2月に現在地へ遷座し、明治維新後は關野神社に合祀せられ、「神明社」と改称しました。 大正8年(1919)に、県社高岡神社と郷社關野神社が合祀して、県社高岡關野神社と改称しました。

『高岡關野神社』は、文化3年(1806)2月に現在地に遷座されて以後、俗に高ノ宮と呼ばれ、高岡の開祖前田利長公を 奉祀する唯一のお宮として多くの人に親しまれているとのことです。

高岡關野神社社殿高岡關野神社社殿
高岡關野神社鳥居高岡關野神社鳥居
高岡關野神社社標高岡關野神社社標
高岡關野神社赤鳥居高岡關野神社赤鳥居
高岡關野神社拝殿左高岡關野神社拝殿左
高岡關野神社拝殿左高岡關野神社拝殿右
高岡關野神社御朱印高岡關野神社御朱印
 

令和1年5月3日

先回訪れた時は雪が降っていた時期だったけど、今回訪れた日には奉安殿が開かれていたので、越中万葉七福神の札所である大黒天を撮影しました。
もう少し幕があいていればよかったかな。

併せて、境内社の大國社も確認できました。
朝早かったのでかなりの逆光でした。

關野神社の境内社大國社關野神社の境内社大國社
奉安殿の大黒天奉安殿の大黒天