榎木神社

榎木神社アイキャッチ画像

榎木神社はあいの風とやま鉄道、高岡駅の北西約1200メートルの位置に鎮座しています。
私は高岡駅北部の御朱印巡りの一環で散策しながら徒歩で向かいました。
宮司さんが在宅されていて、太鼓を叩いてくださいました。

境内にエノキが植えられ、高岡市の保存樹木に指定されています。
どこにでもあるような、こじんまりとしたお宮さんです。

参拝日 令和五年五月五月二十五日
鎮座地 富山県高岡市中島町2−7

榎はニレ科の落葉高木。
果実は秋に橙色に熟し甘く小鳥が好む。
富山の方言でユノキとも言われている。
万葉集(奈良)夫木和歌抄(鎌倉)芭蕉七部集(江戸元禄)の古歌にも詠われている。


古来わが国には、道祖神信仰がある。
それは疫病、災害をもたらす邪霊、悪神を防ぐため村落の境や辻の大樹の下に祀られた神で、サエノキと呼ばれた。
その樹木が榎である。
サエノカミは侵入を防ぐため路を塞ぎる塞の神ともいわれ、榎は「サ」が略されてエノキになったとも言われている。


また江戸の慶長九年(1604)二代将軍秀忠は、主要街道に一里塚を築き、そこに植えたのも榎である。
旅人にとって道標となり、夏は繁った葉の下で涼をとった。
中島町は寛文十年(1670)から正徳四年(1714)の松川除工事で千保川の水量が減少し中州に出現した中の島である。


横田町、中島町、旅籠町と続く北陸街道の要路であり、千保川の舟運で栄え、舟着場があり、回漕業者、塩や米穀問屋、綿商人、銅器職人の町として賑わっていた。
千保川に架かる横田橋を渡った最初の町がこの中島町。


そこに神霊が降臨する神木榎が江戸初期より高岡の塞の神として人を守り、昔から続く素朴な信仰として畏敬の念で崇められていた。
明治二十九年(1896)の大水害では、榎に大勢の人が登って助かったという話もある。


神木榎の威徳と崇敬者は話す。
古老によれば子どもの頃、榎には天狗さんがおられるから、きかん子はテンゴはん(方言)に叱られる、と諭されて育ったという。
今でもいくつかの家には榎の宮の天狗の神さまを見たという言い伝えがあるという。


榎木神社は、榎に神が宿り人々の幸せを願い、災いを防ぐユノキさんとして、又、近郷近在からは商売神様として、よき相談相手として親しまれ信仰され慕われてきた神社である。
社殿は昭和に造営された。

榎木神社御朱印
榎木神社御朱印