御朱印

護国山金胎寺

金胎寺アイキャッチ画像

護国山金胎寺は、あいの風とやま鉄道小杉駅の東約1500メートルの位置にあります。
私は小杉駅より徒歩で参拝しました。

参拝日 令和元年9月30日
所在地 富山県射水市戸破3315
宗派 高野山真言宗
山号 護国山
寺号 金胎寺
御本尊 大日如来、釈迦如来、地蔵菩薩、観世音菩薩、
    大日大聖不動明王、烏枢沙摩明王、大元帥明王、
    愛染明王、毘沙門天、聖歓喜天、弁才天、
    西国三十三観音
札所 越中一国観音霊場 第15番

金胎寺の歴史

境内掲示板によると、文応元年(1260)頃、高野山大楽院の僧信顕が北陸布教へ
訪れた際に金剛界・胎蔵界の両界曼荼羅を安置し、金胎蜜寺の名で創建したと伝わります。
一時衰退の後、慶長3年(1598)高岡総持寺の前住職が金胎寺住職の兼任となって再興されました。
享和年間(1801-1803)の火災により焼失するも、間もなく現在の本堂が再建されます。
その際に戸破加茂社境内の杉材が使われていることから、金胎寺は、加茂社を管理する神宮司であったと考えられます。
本堂には、本尊である大日如来に加えて、加茂社の本地仏である千手千眼観世音菩薩が祀られており、『越中一国観音霊場』三十五か寺の十五番札所となっています。
天井は、草木画と菊花紋で飾られ、中央には直下の音が反響する墨絵の鳴龍が配されています。
本堂隣の秋葉堂では、江戸時代後期から火伏の神である天狗の秋葉三尺坊大権現を祀り、大火に弱い町家が並ぶ戸破荒町・新町住人から敬われています。
金胎寺には、明治11年(1878)に小杉小学校の前身である進成小学校が設けられています。
また、山内には近隣随一の良質な水が湧く井戸があり、醸造業者が競って仕込みに使ったと伝えられていますとあります。 

金胎寺全景金胎寺全景
金胎寺お堂前金胎寺お堂前
 
金胎寺大日如来御朱印金胎寺大日如来御朱印
金胎寺大元帥明王御朱印金胎寺大元帥明王御朱印
 
金胎寺千手観音御朱印金胎寺千手観音御朱印
金胎寺愛染明王御朱印金胎寺愛染明王御朱印
 
金胎寺御朱印袋金胎寺御朱印袋
金胎寺御朱印仕切り金胎寺御朱印仕切り