御朱印

富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社のアイキャッチ画像です

静岡県の富士宮へは、神奈川県の金沢八景より向かいました。
二泊の予定だったけど、到着したのが夕方近くだったので実質一泊と変わらなくなりました。
また御朱印の観点から言えば事前の準備が不足していて、今回は富士山本宮浅間大社の御朱印を頂いただけに終わりました。

参拝日 平成30年12月10日
所在地 静岡県富士宮市宮町1-1
御祭神  主祭神 木花之佐久夜毘売命
相殿神  瓊々杵尊
          大山祇神

起源

資料「富士本宮浅間社記」によれば、第7代孝霊天皇の御代、富士山が大噴火をしたため、周辺住民は離散し、 荒れ果てた状態が長期に及んだとあります。
第11代垂仁天皇はこれを憂い、 その3年(前27)に浅間大神を山足の地に祀り山霊を鎮められたとされ、これが富士山本宮浅間大社の起源だそうです。
その後は姫神の水徳をもって噴火が静まり、平穏な日々が送れるようになったと伝えられています。
この偉大な御神徳は、万人の知るところとなり、篤い崇敬を集める事となったそうです。

また、富士山を鎮めるため浅間大神をお祀りしたのは富士山本宮浅間大社が最初であり、 全国にある浅間神社の起源ともなっています。
明治維新後、神社は国家管理となり、新しい階位が作られ各神社に付与されましたが、当富士山本宮浅間大社は駿河国一宮であったことから、明治4年5月14日に国幣中社、さらに願いによって明治29年7月8日官幣大社に列せられました。
第二次世界大戦終戦後、神道指令、宗教法人法の制定により、当富士山本宮浅間大社も宗教法人となり、名称を富士山本宮浅間神社と変更しました。
しかし、旧官幣大社は大社と名乗る例が多く、全国千三百余社ある浅間神社の総本宮たるにふさわしい名称とするため、昭和57年3月11日富士山本宮浅間大社と変更しました。
大宮に鎮座し1千2百余年を経た現在、全国1千3百余に及ぶ浅間神社の総本宮、また、駿河国一之宮として、全国的な崇敬をあつめる東海の名社となっているとのことです。

富士山本宮浅間大社の鳥居富士山本宮浅間大社の鳥居
富士山本宮浅間大社の拝殿富士山本宮浅間大社の拝殿
富士山本宮浅間大社の湧玉池富士山本宮浅間大社の湧玉池
富士山本宮浅間大社よりの富士山富士山本宮浅間大社よりの富士山
富士山本宮浅間大社の御朱印富士山本宮浅間大社の御朱印